前を向いて!・・・れなの部屋のひとコマ

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れなの部屋(音楽と芸術)

糸島と箱崎、そして百道で、ほそぼそと音楽教室をやっているのですが、いまでは、ピアノや歌だけではなく、手仕事も体験したりと、音楽教室とは呼べない「れなの部屋」という感じになっています。そして、今ではなんだか、ほぼ、私と遊ぶ時間のようになってしましました。
そして、ピアノを弾くときは、ほとんど、楽譜を見ていないw 耳ピアノ(聴いて覚える)という技によって、好きな曲を弾いています。以前は、弾きたい曲の右手のメロディを、まず楽譜に書いて、そして、左手を一緒に考えてつけていました。一つの音から、二つの音へ伴奏もハーモニーを体験することになりました。それでも、楽譜は見ていないw
そんな感じで、焦らずゆっくりやってきたピアノも、最近は、好きな曲、学校で習った曲、知ってる曲というのを、ピアノの時間に、弾きまくっています。
両手で弾きたいという気持ちはあるようで、二つの音でも、伴奏をつけると、その美しさや楽しさを、感じて弾いているようでした。

 

 

音楽教育という形で、日本に西洋の音楽が入ってきたと思うのですが、楽譜を読んで、楽譜の通りに弾くということから、その教育は、はじまりました。
でも、一方で、祭りのお囃子、笛太鼓などは、聞き覚えからはじまります。そして、それは、うきうきした楽しさとともに覚えるのです。笛や太鼓でも、もちろん楽譜はあるでしょう。楽譜は読めるようになったときに、役にたちます。
音楽の演奏って、本来そういうものなのかもしれません。楽譜はなくても、いろいろ音をだして、好きに弾くこと、そういう経験がとっても大事なのかもしれません。私自身、小さい時には、宿題の楽譜の曲を弾くことより、自分が好きに弾く時間のほうが、断然多かったと思います。
自分で、曲をつくることができたら、どんなに楽しいでしょう。「何か弾いて!」と言われた時に、自分の創った曲を弾けたら、どんなに素敵でしょう。
そのために、音符が読めたり書けたり、コードがわかったりすると、どんなに楽しいでしょう。それは、今までの音楽教育の順番と逆のように思いますが、でもとても自然だと感じます。

 

 

楽譜を読むということ、音符がかけるということ、楽譜をみて弾けるということ、それは、自分の中の世界を記録する時に必要になってきます。
自分の中の世界を表現するだけだと、あまり必要ではないかもしれません。
悠久の時をこえて、私たちの心に入り込み、響き渡る音楽、時代を越えて残された音楽を再現するためには、楽譜を読むことは、必要になります。
時々、思うのです。読めて弾けるというのではなくて、弾いて創れるを目指したほうが、自然なんじゃないかな?と・・・。
発想の転換で、やってみようかと思います。音楽教室って、読めて弾くことを目指していますが、聴いて弾いて創れるを目指してもいいんじゃないかな?
子どもが求めていることと、私が今までやってきたやり方からなんとなく離れられないから、はじけられないんじゃないかと思います。
もっと思い切って、変わり者音楽教師になってもいいのかも!

 

 

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今、箱崎教室のKちゃんは、いきなりジブリシリーズが弾きたくなったと言い、自分が知ってる曲を弾きまくり、(もちろん楽譜なしで片手)、他に何の曲があった?と言って、長いこと二人で思い出しながら、歌の再現に取り組みました。
そして、思ったことは、ジブリの曲って、子どもが歌いやすいように、親しみやすいように作られてるんだな〜ということ。
そして、他の知ってる曲もいろいろ弾いてましたが、「ねえ、前を向いて歩こうって知ってる?」と、私に聞くので、「知らない。どんな曲?弾いてみて!」と言って、弾いてもらったら「上をむいて歩こう」のことでした(笑)「前をむ〜いて、あ〜るこ〜〜お」と歌うKちゃん。
あまりにも自然だったので、歌詞が違うことに、しばらく気づかない私でしたw
Kちゃんが、「上をむいて歩こう」を黒鍵で弾いてくれて、ペンタトニックだったんだと更に感動!
サビの部分で、一つだけ白鍵をつかいますが、それ以外は、5つの音でできています。
流石、坂本九!(作曲は中村八大でした!)と思ってしまいました。子どもたちに、気付かされたり、教えてもらったりすることが、まだまだ、沢山あります。

 

 

いろいろ考えてると、教えるための、教則本をつくりたくなりますが、私の教室のほとんどの子は、楽譜を好みません。そして、3〜5年生くらいになると、音符や楽譜のいろんなこと、拍子や調のことを、するすると吸収していきます。楽譜のことは、呪文のように伝えたり、書いてきたりしたことが、ある時、突然、自分の中で繋がってくるようです。
自分の世界と外の世界を感じることができること、数学だったら分数の世界をしること、それらが、音楽の世界でも、わかるようになるんだと思います。
ちゃんと弾ける曲がない、弾けるようになっても覚えている曲がない、そういう側面でみると、まったくダメな音楽教室かもしれませんw
でも音楽をとおして、たとえば、親に言えないいろんなことや、心の中の繊細な部分を共有できている場所にもなっていると思います。
優劣や点数の世界じゃない、もうひとつの音楽の世界があってもいいんじゃないかな〜と、ほそぼそとへっぽこ音楽教室は続いています。
もはや、音楽教室ではありませんがw・・・Kちゃんが歌ったように、どんな時も、一緒に前を向いてあるいていける存在でありつづけたいと思います。