ヴォーカリストの私が声を失ってから復活するまで(その1)

 私が、ヴォイスヒーリングということを意識するようになったのは、自分自身の「声を失った」経験があったからだと思います。

今日は、私にとってとても大きな出来事・・・「声を失った」体験のことを話したいと思います。

 

私は高校から音楽高校に通い、クラッシク音楽を学びました。

初めはピアノ科、そして、大学を卒業するときは声楽科でした。

このおかしな経歴にも、またいろいろと意味があるのですが、話すと長くなるのでまた次の機会に…

 

 

 

何のために歌うのか?

学校を卒業してからも、歌のレッスンに通い演奏家になるのが夢でした。

精神的なことが体調に出やすい性格だったこともあり、仕事やプライベートで落ち込むと思うように歌えなくなることもありました。

そして生真面目だったり完璧主義だったりすることもあり、先生の望む声を出すことにとてもこだわっていたと思います。

先生の望んだ声を出せないことに落ち込み、とても悩んでいました。

その延長で、何のために歌うのか何のためにコンサートで歌うのか、何故コンクールを受けるのかなどと考えていました。

評価されるために歌うのはいやだとか、悩みはどんどん大きくなっていきました。

そして、そのうち喉を痛め本当に声がでなくなってしまったのです。

行きつけの耳鼻咽喉科の先生に、声帯にポリープまではいかないけど、結節ができてるよと言われてもうお終いだと思いました。

それでも、その時に不思議な出会いがあって、私は救われたのです。

行きつけの耳鼻咽喉科の先生が、今大学病院に上海音楽大学をでて、耳鼻咽喉科の医者になっている先生が来てるよと話してくれました。

研究にきている中国人の先生だけど、行ってみる?と紹介状を書いてくださいました。

 

 

 


声楽家で耳鼻咽喉科の先生

 

私は失意のどん底で大学病院に行ったのですが、私が声楽をやっているということで先生はとても喜びました。

その先生は、とても優しく丁寧に話しを聞いてくださって指導してくださいました。

そう、その先生の治療は指導でした。徹底的に呼吸の練習をするのです。

その先生に進められた99%呼吸で決まる・・・とかいうタイトルの本があって、たまたま自分も読んでいました。

「その本今読んでいます」というと、先生は「そう!あの本のとおりなんだよ。

呼吸を治せば、必ず歌はうまくなります。」と言われました。

そして、同じ本を読んでいたことは先生にとってはとても嬉しいことだったようです。

私は、先生の研究対象としては、申し分のない存在だったと思います。

結節ができているのは、その場所からして、高音を歌う時に無理をしているからだよと言われ納得しました。

 

 

 

呼吸

その先生のところには、1週間に1度通わなくてはならず、病院に行ってすることは呼吸のトレーニングでした。

今だからわかるのですが・・・妊娠して陣痛がきた時に、お腹の張りを図るベルトのようなものがあったのです。

それを横隔膜あたりにつけて呼吸の練習をするのです(笑)。

身体の張りによってグラフが描かれるのですが、先生が理想とするグラフの曲線があって、その曲線に近づくようにひたすら呼吸のトレーニングするのでした。

先生はとても優しいので怒ったりしないし、よくなるととても褒めてくれて、そのことが素直に嬉しかったです。

そして、もっと頑張ろうという気持ちになりました。

もちろん宿題もでました。

声を出すときに必要以上に力が入らないように、緊張しないようにするいくつかの練習があって、その練習も毎日欠かさずやりました。

3週間もすると、私は完璧にすべての宿題をこなし、理想的なグラフを描けるようになっていました。

先生に、とても優秀ですと褒めてもらえるくらいに!

 

 

 

治療修了!

そして実は、こんなことをして、本当に結節が治るのかということも思っていました。

いくら呼吸が大切だとはいえ、それが結節を治すことに、私の中ではつながっていなかったのです。

このトレーニングをいったいいつまで続けたらいいんだろうと、少し不安になっていました。

その時先生から、「もう結節は消えてなくなったよ!治療はおわりです。」と信じられないことを言われました。

ずっと歌うことをしなかったこと、そして極力しゃべらなかったこと、ちゃんとトレーニングと宿題をやったこと・・・

そのすべてが結節を治したと先生は言いました。

とても嬉しかったけど、また歌うと結節ができるんじゃないか、以前のままの歌いかたでは駄目なんじゃないかという恐怖もありました。

そのことを正直に先生に話すと、先生は今までの歌い方では駄目だよと言いました。

そして私に必要なのは、声を無理に作ることではなく自然な声で歌うことだと言われました。

そのことはよくわかったのですが、それができるかは自信がありませんでした。

先生は、私が歌いたいと思うまでは、待ちなさいと言いました。

レッスンも休んでいい、自分を取り戻しなさいともいいました。

 


心と声は繋がっている

その先生には、本当にいろんなことを相談しました。

1ヶ月後にガラ・コンサートというのを控えていたのですが、レッスンに行かないわけにはいかないのです。

それでも、そのコンサートに出た方がいいのか、本当に悩みました。

その相談ができたのは、先生が声楽を学んでいたからです。

そのことに、心から感謝しました。

ガラ・コンサートに出るためには、今ついている先生の大先生のレッスンをうけ、ガラ・コンサートの総指導をするイタリア人の先生の指導を受けることになります。

その話をきいて、先生は、それは、またとないチャンスだ!

あなたが、次にレッスンをうけるのは、大先生。そしてその次にレッスンを受けるのはイタリア人の先生です。

そして、ステージにあがったら、きっと大丈夫だと思うとよと、先生は言いました。

私が、恐怖や不安を感じているのは、今習っている先生なので、それをパスすればいいんだよ!風邪をひきなさい!といって笑いました。

そして、私は、本当に風邪をひいて(笑)いきなり、大先生のレッスンから、始まりました。

 

 

 

 

信じられない声が出た!

そして、大先生は「何をそんなに怖がってるの?まるで、声をだすのを怖がってるようだよ・・・。(これは図星です)声のことを考えないで!」と言いました。

歌を聴いただけで、たぶんすべてがわかったのだと思います、当然の話しですが・・・。

「今君はどこにいる?(歌うアリアのシーンを言っているのですw)今何を考えてる?そしてどんな気持ち?」と誘導されて歌いだすと、今まで出たこともないような声が出たのです!自分でもびっくりでした。

心と声が、こんなにもつながっているなんて!そのことを、実感した瞬間でした。


それとともに、もう大丈夫だと思いました。

一瞬にして、私は自分を取り戻しました。先生には、とても褒めてもらいました。

自分を取り戻すには、本当に、またとない貴重なチャンスでした。

それまでの自分は先生に怒られて、さらに自分に駄目だしをして、自分は駄目なんだ価値のない演奏家だ、ステージに立つのが恥ずかしいと思っていました。

自分で自分を追い詰めて、駄目にしていたんですね。

自分のことも、いろんなことも、信じられなくなっていました。

そして、コンサートの3日前に、ガラ・コンサートの総指導者でもある、イタリア人の先生のレッスンがあったのですが、ここでもすごいハプニングがありました。

 

 

 

 

華麗なる復活劇

コンサートに出るすべての人の伴奏を専属の伴奏者がするので、前もって何を歌うかを伝えておく必要があるのですが、なんと私だけ何を歌うのか情報が来ていなかったと、そのレッスンの時に言われたのです!

「どうして????」と頭は真っ白になりました。

やっと自分を取り戻したところなのに、どうしてこんなことが起こるんだろうと、またもや失意のどん底に落ちてしまいました。

何かのミスでそうなったのか、それとも何かの意図があってそうなったのかはわかりません・・・音楽界っていろいろと大変なところですから(涙)。

ときには、ガラスの仮面のようなことも起こるのです。。。

それでも、先生と伴奏者は、そのことをむしろ楽しんでいました!

君が何を歌うのか、僕たちは二人で想像して、そして一緒にアリアの名前を言ったら、二人が想像したものが一緒だったんだよ!と大はしゃぎでした。

だから、この時を、僕らはとても楽しみにしていたんだ。

じゃあ、その曲のイントロを弾いてもらうよ!といって、いたずらっぽい微笑みを浮かべながら、先生は、伴奏者を促しました。。。。

そしてはじまったのは、まさしく私の歌うアリアのイントロでした!

思わず涙がこぼれそうになって、「Si ・・・」と歌い始めたのですが、先生は大喜びで飛びあがりました!

オペラに詳しいかたは、多分わかるとおもいますが、この時歌ったアリアは「我が名はミミ」。プッチーニの「ラ・ボエーム」というオペラのアリアです。

そして、泣きそうになる私に、「泣いちゃダメ!恋の始まりだよ!」と、先生は言いました(笑)。

そしてその瞬間、先生は私の恋のお相手になり、お芝居がはじまりました(笑)!

声を失い、あんなに歌うことを恐れていた私が、一瞬にしてオペラのワンシーンにのめり込み、自分と空間を感じ取って歌っている体験は、まるで自分ではないような、それでも自分自身でしかありえないような、不思議な感覚でした。

そしてこのときも、あり得ないような声がでて、先生も伴奏者も大喜びでした。

声を失いながらも、こんな素敵な復活劇が準備されていて、私は本当に幸せ者だと思いました。

無事、ガラ・コンサートの演奏を終え、聴きに来てくださった大学病院の先生からもとても喜ばれて、もう大丈夫だと思えた私でした。

 

 

 

復活劇のその後・・・

華麗なる復活劇を体験した私ですが・・・

実は、以前のようにレッスンが始まると、またもや信じられないくらい怒られて、落ち込んで歌えなくなりました。

もう、一生歌わないほうがいいかもしれないとまで思い、レッスンをやめ失意のドン底に再び落ちてしまいました。

自分は駄目なんだと、演奏する価値なんかないんだという考えから、離れられなくなっていました。

そしてこの後、私は1年近く歌えなくなるのでした。

再び、声を失う悲しい体験です。長い長い苦しい日々が続きました。

これからの、さらなる復活劇までお話すると、ながくなりすぎるので(笑)、このつづきはまた今度m(_ _)m

長い文章に、おつきあいくださって、ありがとうございました。

 

 

 

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